長崎出張も本日で終了。今日も朝9時から会議が始まり、終了時間は15時を予定。帰りの飛行機の時間にあわせ、余裕を持ってプログラムが組まれているのです。乗る飛行機はANA670、長崎空港を18時45分に飛び立つ飛行機。長崎市内からの移動時間を考えると、2時間の余裕が理論上存在する。よし、朝も散歩したけどわずかな時間を使ってでも観光に出よう。行き先は平和公園。原子爆弾の被害を受けた街繋がり、広島出身である僕が行かないわけにはいかない。
旅の連れはフランス人のトーマス。会議場を後にして一緒にタクシーに乗り込む。
一番目の目的地は、山里小学校。爆心地から600メートルのところに建っている小学校です。8月9日のあの日、小学校は全壊したらしいんだけど、同じ場所に小学校を再建。奇しくも学生の一人がこの小学校の卒業生で是非行ってみてくださいってことで出かけてみたのです。今となってはレンガ調のきれいな建物が建ち、教室から楽器を上手に演奏する音が聞こえてくる。平和なひととき。その脇に防空壕があったり、亡くなった子どもたちを慰霊する碑が建っている。僕の知っている爆心地に近い広島の小学校と同じだ。
山里小学校を離れ、歩いて浦上天主堂を目指す。残念ながら中には入れなかったけど、浦上天主堂は景色の良い丘に建つ素敵な教会でした。そう、ということは例外なく原子爆弾の被害を受けた教会なのです。今はきれいに再建されていますが、建物は全壊し、教会のドーム部分が崩落し、敷地の下に落下。原子爆弾の被害や恐ろしさを忘れないようにその部分はひっそりとそのままにしてありました。
次に目指すは平和公園。爆心地にほど近い丘の上にあの有名な平和祈念像が建っていました。また、恥ずかしながら知らなかったのですが、あの敷地は刑務所だったんだそうです。今でもその建物の土台の一部がわずかに残り、そこに刑務所があったことが記されていました。当然、その場にいた看守や囚人たちは当然亡くなられている。8月9日の式典に向けて、広場では急ピッチで準備が進められていました。
そして最後に、原子爆弾が炸裂した爆心地を目指す。グランドゼロである場所には原爆落下中心碑が建っています。1945年10月に小さな石柱が建てられたのが始まりのようです。この碑の指し示す500m上空で原子爆弾が炸裂しました。今は、広い公園に5メートルほどの石柱が空に向けて建っています。近くに座って石柱の指し示す青い空を見上げてみる。しばらく目をつむる。ここで起こったことを想像し、胸がいっぱいになり、街の喧騒が一瞬聞こえなくなる。と同時に、この空間にいたたまれなくなる。広島人だからかもしれないけど、この場所は特別な場所なんだよね、うん。
8月6日の8時15分と8月9日の11時2分という時刻は、広島と長崎の人の体にすり込まれているのですが、みなさんもその瞬間、仕事の手を止め、わずかな間でも黙祷を捧げ、そこで起こったことを想像してもらえると望外の喜びです。
二度と核兵器が使われませんように...。




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