新年のごあいさつ

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みなさま

あけましておめでとうございます。旧年中も大変お世話になりました。今年もよろしくお願いいたします。
2011年は日本にとって大変な一年でしたが、今年は天災も人災も起こらないように願うばかりです。

住所がわからず年賀状を送付できない方のために、こちらに年賀状を貼付けておきます。


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今年も残すところ今日も含めてあと2日。
そろそろ今年一年を振り返ってみます。

ここ数年、年初に今年一年の目標を漢字一文字で表すようにしてるのですが、2011年の目標とした漢字は「化」でした。「変化」や「大きく化ける」などなど、英単語で表すなら"Change"でしょうか。そんな一年を思い浮かべて「化」という漢字を選んでみました。

さて、2011年。振り返ってみると、願ったような変化があったようななかったような。希望通り、変化したところもあり、願いかなわず変化できなかったところあり。振り返って自己採点してみると60点ぐらいかなぁ。しかし、新しいことにも挑戦し始めたし、新しい出会いもあったし、総じて「化」の一年であったのかもしれません。

2011年、日本は大変な一年でしたが、日本を取り巻く諸問題は待ったをかけられないほど切迫していますし、場合によっては今後も激動が続くかもしれません。2012年はどんな一年になるでしょうか。まぁ、どんな状況でも、ゆるゆると穏やかな気持ちで過ごしていきたいものですね。

帰宅時にFacebookのニュースフィードをみていて、仕事仲間が紹介していたあるページが目に留まりました。そのページは精神科医の香山リカさんの書かれた「アフター311」−震災後の社会マインド- 実の姉妹が「被災地支援の海産物」で大もめ −原発事故「ストレス三重苦」が生む「洗脳寸前ジャパン」という記事。記事のタイトルはよくあるセンセーショナルな書き方で、それ自体はセンスがないなと思うぐらいで(きっと香山さんじゃなく編集部がつけたのでしょう)、特に気にもしませんでした。

しかし、中身を読んで「なるほど」と思うことがあり、自分の震災後の思考が香山さんが指摘する通りのものであることに気づかされたのです。

テーマは、震災後の多くの人の気持ちの持ち方、特に原子力発電問題に対する気持ちの持ち方に当てられています。自分のこの問題に関するスタンスは、原発推進でも原発反対でもないところにあり、無責任にも電気があればその発電方式については頓着しないというものでした。今でも、そのスタンスは変わっておりません。だから、自分はこの問題に対してニュートラルであり、原発推進派の意見も反対派の意見も極端すぎて読んでるだけでストレスがたまるという感覚を持っていたのです。そんな中、"限られた範囲"ではありますが論理的な考えをしている人が多いと思われる原発推進派と感情的な議論を繰り広げているように見える人が多い反対派の意見を比べ、方向は違えどより極端な意見を言っているように見えた原発反対派の意見に、どちらかといえば大きなストレスを感じ、TwitterやFacebookに流れる感情的な情報をみて何人かのフォローやフレンズを解除してしまいました。自分はニュートラルだと思ったまま。

しかし、立ち位置はともかくとして精神的にニュートラルじゃなかったんですね。香山さんの記事を読んでそのことに気がつかされました。原発推進、反対、ニュートラル、その考え方の違いに限らず、心の余裕がない状態が想像力や発想力を制限し、思考力や判断力が衰退していく。そして、自分の信じる教義的な意見をより求め、自分の求めることを言っている人の意見だけを追い求めてしまう。言ってみれば自分で自分を洗脳しているかのような状態になっているという香山さんの指摘。そう、自分も無意識のうちにニュートラルな意見を追い求めていたんですね。震災後、自分もストレスを感じ、心の余裕がなくなっていたのでしょう。まぁ、誰しもそのような状態に追い込まれる、そういう状況なので仕方がないと言えば仕方がないのですけど。

だから、この記事を紹介させていただきました。この記事を少しでも多くの人に読んでもらいと思って。より良い将来のため、原発推進派も反対派も、正確な科学的な情報を集めて一番妥当な判断をする。その先にお互いの意見をぶつけ合う議論ができるようにしていきたいものです。論理的に考えられなくても、香山さんが記事内で紹介する喧嘩してしまった姉妹のようにならず、相手を思いやる心に余裕を持ち相手を思いやった話し方ができるだけで、物事は良い方向に進みそうじゃないですか。ぜひ、この記事、読んでみてください!

なお、念のため書いておきますが、原発推進派にも感情的な意見を表明している人もいますし、反対派にも論理的な意見を述べられている人はたくさんいらっしゃいます。ですから、私のこの記事は、双方を個別に批判することを意図したものではありません。

お勧めの長崎土産

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みろくやの皿うどんいや、本当に美味しかったので思わず推薦いたします。なにがって、長崎のお土産ですよ。研究室に長崎出身の学生がいるんですが、その学生がお勧めしたお土産が美味しいかったんです。長崎ちゃんぽんと皿うどんのお土産を買うなら、ここのブランドを買え!って聞いてたんですが、その指示どおり買ってみました。で、美味しかったわけです。

どこのものかと言いますと、みろくやさんのもの。具材無しのスープが付いたものが一般的なようですが、僕が空港で買ったのは具材付きのものでした。作るときに少しでも楽が出来るようにと思って。それにキャベツとタマネギ、キクラゲを追加して作成しました。

こ、れ、が、美味い!

あんを上からかけても良い感じでパリパリ感が残る麺。濃すぎずに甘すぎずに具材をまとめあげるあん。このコンビが最高。長崎の江山楼で食べた皿うどんにも負けないぐらいのおいしさ。具材なしのタイプを買ってきて自分で好きな具材を入れて作りたくなるぐらい!

ちなみに、まだ長崎ちゃんぽんが残ってますが、確信してます。これも美味しいって。

紹介してくれた学生さん(名前を出して良いのかな?)に感謝と敬意を示すとともに、みなさまにご紹介いたします。問題は、長崎が遠いってことだ。東京には長崎のアンテナショップ「長崎出島厨房四谷店」があるようですが、みろくやさんの皿うどんが売っているかどうかは不明です。長崎に行けないみなさんは、通販でゲットしてみてください!

写真は、みろくやさんのサイトにあるものを差し込みました!

社会の構成員

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先日、有名タレントが暴力団との繋がりを理由に引退を表明しました。個人的には彼が引退することなんてどうでも良いことだと思いつつも世間は大騒ぎ。こういう意見を表明している人もうがった見方だと思っているだろうけど、他の重要ニュースを飛ばすためにこの報道がなされたんじゃないかとさえ言われるほど。

いや、そんな話をしたいのではなく、今回の報道を知った人たちが、「芸人なんてやくざと付き合ってるに決まってるじゃん」とか、「興業と裏稼業はつかず離れずだ」とかつぶやいている人たちがいるんですが、全国的に売れてはいないものの各地で有名な芸人さんや放送関係者なんかが自分に割と近いところにいるので、自分としては複雑な気持ちになる。十把一絡げで、そう見られちゃってるんだろうけど、全員がそういう付き合いをしているわけではないし、むしろしている方が少ないんじゃないかな。芸に磨きをかけるため、視聴者に笑いを届けるために頑張ってる人たちが身近にいると、他人事のように「芸人なんてやくざと付き合ってるに決まってるじゃん」と言われることに少し腹が立つ。おっと、愚痴のようなことを書いてしまった。

芸能関係に限らず、会社を興してある程度の規模になったら、そういった人たちはやってくるもんだよ。彼らはお金の匂いのするところにやってくるから。いや、ある程度の規模にならなくったって、やってくる。うちの実家は広島で本屋さんしてたから、来てたんじゃないかな、聞いたことないけど。そういう時に、毅然とした態度を取るのが重要なんだろうね。

だけど、やくざの街とも言われる広島で育った僕は、きっと他の人よりもやくざに対する感覚が鈍いのかもしれない。もちろん、暴力団の存在を積極的に認めたいわけでも関係を持ちたいわけでもないけど、彼らの行動の全てが法に触れるようなことばかりでもなく、拒絶されるべきものばかりではなくいわけだから。本当かどうか知りませんが、阪神淡路大震災の時、そちら方面の方が炊き出しを行ったとか行わなかったとか。我々と同様に消費もすれば、時に法に触れたり触れなかったりしつつも労働もする、利害関係がない人に対しては、よっぽどのことがない限り悪さをしないとも聞きます。被害を受けなければ、見た目にはちょっと怖い人だなぁと思われているだけかも。そういう意味でも、彼らだって社会の構成員なわけです。そんな評判の悪い社会の構成員、ステレオタイプな表現をすると、社会のどの位置にも居場所がなかった、そんな人たちが集まる場所と言われることもある。そう思うと、その人たちの居場所を作れなかった社会にも問題があったんじゃないのか?とも考えてしまうわけです。

でもまぁ、実際に暴力団の被害にあわれた方にしてみたら、存在そのものが許せないんでしょうね。自分がその人の立場になったと想像すると、同じこと思うだろうし。僕のこういう発想も、言ってみればきれいごとなのでしょうなぁ。

有名タレントの引退表明から、とりとめもなく書いてしまいました。

松本山雅フットボールクラブに所属する元日本代表の松田選手が亡くなられました。ご冥福をお祈りいたします。数日前にグラウンドで倒れ、心肺停止状態になられ、意識不明の重体が続いていた上での訃報でした。横浜マリノス時代の松田選手に広島の選手が何度も削られていたのを見て嫌な選手だと腹立たしく思いつつも、日本代表では逆にそのプレイが頼もしかったのを思い出します。

人生、「もし」なんてことは考えても無駄なのですが、それでも「もし」グラウンドにAEDが置いてあればひょっとしたら松田選手は一命を取り留めたかもしれないと思うと悔しいですね。JリーグではAEDの設置が義務づけられているそうですが、松田選手が所属する松本山雅FCはJFLであり、AEDの設置義務がなかったとか。もっとも、経済的な理由で置けないなんてこともチームによってはあるかもしれません。今後、日本サッカー協会としてJFLや下部組織にもAEDの設置を進めていくという動きも出ているようですが、全てのカテゴリーの全ての場所に設置していくのには限界がありますよね。

そう思うと、命はお金で買えないという議論をよく聞くものの、お金で救える命もあるんだなって思わざるをえないですよね。残念ながら医療も介護も結局のところ全てお金。ボランティアの医療も短期なら可能かもしれませんが、長期だと難しい。働いている医療現場の人が生活できるお金が必要だし...。日本経済の先行きが不透明の状態が続いていますが、今の医療介護レベルが維持できているのも日本の経済力があってこそのこと。日本の国力が下がっていけば、救えるはずの命も救えなくなってしまう。きっと、生きていくためには経済活動を維持拡大していかなければならないんでしょうね。「人間がいての経済活動だ、経済活動より人間が優先だ」という意見もありますが、経済活動がなければ人間も生きていけないんですよね。これはどちらが大切というものではなく両輪のようなものなのでしょう。

松田選手の訃報を聞き、なぜ松田選手を救えなかったのか、そんなことからこんなことを考えてしまいました。松田選手のご冥福をお祈りいたします。天国から日本代表の躍進と松本山雅FCのJ2昇格を見守っててくださいね。

空を見上げて

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平和祈念像長崎出張も本日で終了。今日も朝9時から会議が始まり、終了時間は15時を予定。帰りの飛行機の時間にあわせ、余裕を持ってプログラムが組まれているのです。乗る飛行機はANA670、長崎空港を18時45分に飛び立つ飛行機。長崎市内からの移動時間を考えると、2時間の余裕が理論上存在する。よし、朝も散歩したけどわずかな時間を使ってでも観光に出よう。行き先は平和公園。原子爆弾の被害を受けた街繋がり、広島出身である僕が行かないわけにはいかない。

旅の連れはフランス人のトーマス。会議場を後にして一緒にタクシーに乗り込む。

一番目の目的地は、山里小学校。爆心地から600メートルのところに建っている小学校です。8月9日のあの日、小学校は全壊したらしいんだけど、同じ場所に小学校を再建。奇しくも学生の一人がこの小学校の卒業生で是非行ってみてくださいってことで出かけてみたのです。今となってはレンガ調のきれいな建物が建ち、教室から楽器を上手に演奏する音が聞こえてくる。平和なひととき。その脇に防空壕があったり、亡くなった子どもたちを慰霊する碑が建っている。僕の知っている爆心地に近い広島の小学校と同じだ。

原爆により崩れ落ちた浦上天主堂の鐘楼山里小学校を離れ、歩いて浦上天主堂を目指す。残念ながら中には入れなかったけど、浦上天主堂は景色の良い丘に建つ素敵な教会でした。そう、ということは例外なく原子爆弾の被害を受けた教会なのです。今はきれいに再建されていますが、建物は全壊し、教会のドーム部分が崩落し、敷地の下に落下。原子爆弾の被害や恐ろしさを忘れないようにその部分はひっそりとそのままにしてありました。

次に目指すは平和公園。爆心地にほど近い丘の上にあの有名な平和祈念像が建っていました。また、恥ずかしながら知らなかったのですが、あの敷地は刑務所だったんだそうです。今でもその建物の土台の一部がわずかに残り、そこに刑務所があったことが記されていました。当然、その場にいた看守や囚人たちは当然亡くなられている。8月9日の式典に向けて、広場では急ピッチで準備が進められていました。

原爆落下中心碑そして最後に、原子爆弾が炸裂した爆心地を目指す。グランドゼロである場所には原爆落下中心碑が建っています。1945年10月に小さな石柱が建てられたのが始まりのようです。この碑の指し示す500m上空で原子爆弾が炸裂しました。今は、広い公園に5メートルほどの石柱が空に向けて建っています。近くに座って石柱の指し示す青い空を見上げてみる。しばらく目をつむる。ここで起こったことを想像し、胸がいっぱいになり、街の喧騒が一瞬聞こえなくなる。と同時に、この空間にいたたまれなくなる。広島人だからかもしれないけど、この場所は特別な場所なんだよね、うん。

8月6日の8時15分と8月9日の11時2分という時刻は、広島と長崎の人の体にすり込まれているのですが、みなさんもその瞬間、仕事の手を止め、わずかな間でも黙祷を捧げ、そこで起こったことを想像してもらえると望外の喜びです。

二度と核兵器が使われませんように...。

長崎早朝観光

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眼鏡橋本日も9時から19時までびっちりミーティング。せっかく長崎に来たのに、これだと観光できない。ま、仕事だから仕方が無いんだけど。というわけで、朝早く起きて散歩してみる。

散歩の目的は、崇福寺。第一峰門と大雄宝殿が国宝にしていされているようで、これを見学したかったのです。拝観は8時からだったのですが、ありがたいことに7時半ぐらいから拝見させていただきました。夏真っ盛り、セミたちの鳴き声が幾重にも重なり合いつつ耳に飛び込んでくる中、階段を上って第一峰門と大雄宝殿を目指す。噂でがっかり系の観光名所だと聞いてたんだけど、想像以上に素敵なお寺でした。第一峰門の装飾のきれいなこと。大雄宝殿も良い感じ。本当はもっと時間をかけてゆっくり見たかったんだけど先を急ぐ。

崇福寺から崇福寺通りを歩きつつ中島川へ。目的地は眼鏡橋。この眼鏡橋は日本初の石造二連アーチ橋なのです。実は、この眼鏡橋、僕の約30年前の記憶にある橋。ちょうどその頃、長崎で大水害が発生し、日本初の石造アーチ橋が壊されてしまったというニュースをNHKで見たのを子供心に覚えてるのです。それ以降、長崎に行ったら眼鏡橋を見てみたいとずっと思ってました。隣の橋から見た眼鏡橋は本当にきれいで、きちんと眼鏡に見えるんですよね。立派な橋です。

そして、最後に目指すは光永寺。ここは福澤諭吉が長崎にきたとき目標としたお寺なのです。原子爆弾によりその当時の建物は何も残っていませんが、福澤先生がこの寺を目指して郷里大分から出てきたことが記されておりました。慶応大学の卒業生として時間が無いながらもとりあえず行かねば...と行ってみる。ですが、福澤先生の若かりし頃の写真が飾ってあった以外は普通のお寺でした。

と、ここで時間切れ。1時間ぐらいでぱぱっと3カ所をまわって長崎大学を目指して朝の散歩は終了。もっとゆっくり回りたかったなぁ。明日の朝も早起きして出島かオランダ坂を目指します。

長崎雑感

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グラバー邸本日より長崎出張。飛行機の予約の都合でみんなより2時間早く長崎に到着。日中はずっと会議なので、その2時間を使って観光することにしました。

長崎空港からバスで中央橋に移動。バスの進行方法を見ると坂がある。そうか、長崎は坂の街なのね。そして、バスを降りて中央橋方向に歩くと潮の香りが。そうか、長崎は港町なのか。

荷物をホテルに預け、路面電車でグラバー園と大浦天主堂を目指す。市内を路面電車が走ってるからか、雰囲気が広島に似てる。でも、広島の電車より車幅が狭い気がする。調べてみたら全国現役路面電車の中で車体幅が最も狭い電車があるらしい。なるほど、気のせいじゃなかったか。

電車の中では老若男女が花火大会の話してる。そっか、今日は花火大会なのか。見れるかなぁ?

大浦天主堂とグラバー園を見学。大浦天主堂は日本最古のキリスト教建築物であり、国宝なのです。撮影禁止の建物内のステンドグラスがとてもキレイ。でも、原子爆弾が落とされたときに壊れなかったのだろうか。広島城も国宝だったのだが原子爆弾で焼失しちゃったんだよね。これも調べてみたら大浦天主堂は爆心地から離れていたので焼失しなかったらしい。

続いてグラバー園。この地区に西洋式の住宅がまとめて建ってたんだと思ってたんだけど、どうやら違うらしい。他のところにあった建物を移築してまとめたようです。ちょっとがっかり。でも、幕末から明治にかけての西洋人の生活がなんとなく想像できました。龍馬伝をもう一度見たくなったよ。

しかし、グラバーさんは景色の良いところにお屋敷を建てたんですな。長崎港が一望できる素敵な立地。グラバー園から長崎湾をみると長崎造船所が見える。自分の記憶をたどると、親父の田舎である尾道を思い出した。同じように坂の多い町で造船所が見えるんだよね。

グラバー園にはリンガー邸があった。あれ?長崎と言えばリンガーハット。この社名ってひょっとしてリンガー邸のリンガーさんからつけられたものなの?これも調べてみたらどうやらそうらしい。リンガーさんの氏名に小さな家という意味のハットをつけて命名したらしい。なるほど。

さて、会議が始まる。長崎大学に行こう!

鷹の爪にやられる

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キャベツとベーコンのペペロンチーノお昼ご飯にペペロンチーノを作ってみた。パスタを茹でつつ、フライパンにオリーブオイルと刻んだニンニクを入れる。そして、鷹の爪。手で小さくちぎりつつ、フライパンに投入。ここで、何を血迷ったかその手で鼻を触ってしまったのです。もう、そこからが地獄。鼻がヒリヒリしてカーッと熱くなる。こりゃ大変、慌てて洗面台で手を洗い、鼻を洗う。これで一件落着?と思ったものの、やはり自分は間が抜けている。鼻だけ洗って水で流せば良いものの、顔全体をジャブジャブと洗っちゃったもんだから目までヒリヒリしてくる。目がカーッと熱くなり目が開けられなくなる。強力なカプサイシンを有する鷹の爪の攻撃だ。もう流水モードでひたすら顔を洗う、洗う、洗う。パスタはどんどん茹であがっていく。時間との闘い、鷹の爪との戦い。

しかし、なんとか勝利しました。ベーコンと軽く茹でたキャベツをフライパンに導入、良い感じでアルデンテになったパスタと和えてキャベツとベーコンのペペロンチーノ完成。うん、美味かった。

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